サービスデザインは、なぜ急に「理論」の話を始めたのか

ビジネスデザイン
この記事は約17分で読めます。

The Design Journal が2026年10月に公開した3本を読み解く——責任あるデジタルサービス、時間軸、フィールド調査法

2026年10月、The Design Journal はサービスデザインに関わる論文を3本、オンラインで公開した。5日、12日、28日。テーマはばらばらに見える。ひとつはデジタルサービスの倫理、ひとつは時間の扱い方、ひとつは病院での調査手法である。

だが並べて読むと、3本は同じ方向を指している。サービスデザインが扱う対象が、画面や接客体験から、制度・時間・調査の作法へと拡張し、その拡張に理論の裏づけを与えようとしている。いわゆる「理論化」である。

本稿では、この一ヶ月の3本を丁寧に読み解き、そこで何が起きているのか、実務にとって何が変わるのか、そしてどこに無理があるのかを考えたい。結論を先に書くと、理論化とは現場から遠ざかることではなく、現場で見えていなかった変数を扱えるようにすることだ。ただし、その果実を受け取るには読み方の作法が要る。

01「理論化が進展している」とは、具体的に何が起きていることか

「理論化」という言葉は便利だが、曖昧でもある。論文が増えたことを指すのか、抽象度が上がったことを指すのか。3本を読む限り、起きているのは次の3つだ。

第一に、分析の単位が変わった。かつてサービスデザインの単位は「顧客の経験」であり、その設計物はタッチポイントの連なりだった。いま論文が扱う単位は、複数のアクターが制度を共有しながら価値を共創する「サービスエコシステム」である。単位が変われば、成果の測り方も、失敗の原因の帰属先も変わる。

第二に、これまで「所与」だったものが設計対象に変わった。ルール、規範、文化、歴史、そして時間そのもの。これらは以前なら「環境条件」として枠の外に置かれていた。3本はいずれも、それを設計の素材として扱おうとしている。

第三に、方法そのものが再帰的に検討されている。どう調査するか、どこまで準備するか、誰を評価する道具にしてしまう危険があるか。方法を方法として疑う態度は、実務の現場では後回しにされやすい。

この3つが同時に進むとき、学界ではそれを「理論化」と呼ぶ。では、なぜ今なのか。

理由のひとつは、サービスデザインの約束が大きくなりすぎたことだ。ダブルダイヤモンドに代表される主流の枠組みは、ユーザー理解と接点設計には強い。だが社会的な課題、長期の変容、多主体の制度設計には届かない。これは Lin らが論文の冒頭で明確に指摘している点である。

理由のふたつ目は、AIである。デジタルサービスが制度に埋め込まれる速度が上がり、設計者が意図しなかった社会的影響が、設計の外側から噴き出してくる。責任をどう扱うかは、もはや付録ではない。

理由の三つ目は、現場の制約である。救急部門のような高負荷の現場では、長期のフィールドワークは物理的に不可能だ。「短期で、邪魔をせず、それでも厚い記述を得る」という要求が、方法の再設計を迫っている。

02論文① 責任を「制度の設計」に埋め込む

Responsible digital service ecosystem design: Concept and framework
Kentaro Watanabe(産業技術総合研究所 人間拡張研究センター/筑波大学)
The Design Journal, pp.1–20 | オンライン公開 2026年10月5日 | 購読制

著者の渡辺健太郎氏は、産総研で人間拡張研究センターの副研究センター長を務め、筑波大学でも教える。専門はサービス工学、デザイン、イノベーション。ISO/TC 159(人間工学)と TC 324(シェアリングエコノミー)で標準化にも関わってきた人物である。この経歴は論文の性格をよく表している。抽象度の高い概念を、標準や制度に落とせる粒度で書くタイプの研究だ。

論文の問題設定は明快である。デジタルサービスは生活・労働・社会に深く浸透し、その負の影響——プライバシー、包摂性、依存、監視——への懸念が強まっている。サービスエコシステムデザイン(SED)は、サービスに必要な「制度的アレンジメント」、すなわちルール・規範・文化を管理し適応させる枠組みとして有望だ。しかし、社会的に責任ある設計の原則と実践を扱った研究はほとんど存在しない。

そこで著者が提案するのが REDSED(Responsible Digital Service Ecosystem Design) である。責任あるイノベーション(Responsible Innovation)のアプローチを SED に統合し、制度的アレンジメントを管理するための原則と実践を、概念的フレームワークとして提示する。キーワードには ELSI(倫理・法・社会課題)が挙がる。

何が新しいのか

目新しさは、責任を「事後の対応」から「設計の対象」へ移した点にある。企業がAI機能を出すとき、責任の議論はたいてい利用規約、プライバシーポリシー、あるいは事故後の説明責任として現れる。つまり責任は、設計が終わったあとに後付けされる。

REDSED の立場は違う。責任は、制度の側に埋め込める。誰が参加でき、どんな規範が共有され、どの慣行が再生産されるか。これらは設計の素材であり、したがって責任もまた素材である。SED が「制度は設計できる」と主張したのに対し、この論文は「ならば責任も設計できるし、しなければならない」と続けたわけだ。

実務への含意

現場の言葉に翻訳するなら、こうなる。新しいデジタルサービスを設計するとき、要件定義に次の問いを並べる必要がある。このサービスは誰の行動を前提にしているか。その前提は、どんな規範を強化し、どんな慣行を弱めるか。影響を受けるが声を持たない人は誰か。そして、その人たちが異議を唱えられる経路は、制度の中に用意されているか。

これはCSRの話ではない。設計仕様の話である。倫理を「レポートに書く項目」から「アーキテクチャに埋め込む制約」に移すことが、この論文の実務的な核心だ。

限界もはっきりしている

これは概念論文であり、実証も評価もない。フレームワークが実際のプロジェクトで機能するかは、これから検証される。ただし著者は、ServDes2025 の会議論文をアップデートしたと謝辞に明記しており、会議版はデザイン学会のリポジトリで公開されている。つまり、いきなり完成品を出すのではなく、コミュニティの議論を経て精緻化するという、健全な作り方をしている。

なお本研究は、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「仮想経済の拡大に向けた基盤技術・ルールの開発」と、科研費 JP23K25152 の支援を受けている。技術政策と標準化の文脈に接続している点は、日本発のサービスデザイン研究の性格として興味深い。

03論文② 過去と未来を同時に扱う「時間の設計論」

Bridging temporalities in service design: A double-cone spiralling model for integrating ancestrality and future possibilities
Zijun Lin, Riccardo Torta, Beatrice Villari(ミラノ工科大学デザイン学部を中心とする研究チーム)
The Design Journal, pp.1–24 | 公開 2026年10月12日 | クリエイティブ・コモンズ BY-NC-ND 4.0(オープンアクセス)

3本のなかで最も野心的なのがこれだ。主張はこうである。サービスデザインは、ユーザー中心の体験改善から、サービスエコシステムの社会・システム的課題へと対象を広げてきた。だが、外部環境も内部ダイナミクスも複雑さと不確実性を増すなか、枠組みはまだ拡張され続けなければならない。

とりわけ欠けているのが時間の扱いだ。主流のアプローチは、現在から望ましい未来へ向かう線形のプロセスとして設計を描く。しかし実際の変容は、過去に堆積した制度のもとでしか起きない。著者らはここを突く。

3つの先行枠組みと、その緊張

論文はまず、サービスデザインがシステム思考を取り込んできた3つの到達点を整理する。

枠組み変容の所在時間軸手法の性格
SED
Service Ecosystem Design
制度的アレンジメント現在志向の省察と改革介入的
TD
Transition Design
多層のシステムダイナミクス長期のトランジションパス介入的
SSD
Speculative Service Design
前提の言説的再枠づけ投機的未来対話的

3者は補完的だが、緊張もある。実行性か対話性か。どの時間軸を主とするか。変容はどこで起きるのか。どれか一つでは、過去の制度的遺産と、多層の移行経路と、批判としての未来を、同時には扱えない。

だから著者らは、3者を置き換えるのではなく、横断する解釈的ヒューリスティクスを提案する。それがダブルコーン螺旋モデルだ。

モデルの中身

幾何はシンプルである。上向きの円錐と、下向きの円錐。二つが交差する。

下向きの円錐は、過去の展開を表す。ここに集められるのが「祖先的要素(ancestral elements)」だ。規制的、規範的、文化的認知的、行動的、関係的——要するに、制度として沈殿した過去である。重要なのは、これが可能性の分岐ではなく系譜的な深さを表す点だ。未来コーンが「ありうる未来の広がり」なら、過去コーンは「いまに至る経路の厚み」である。

上向きの円錐は、複数の未来を表す。Voros のフューチャーズコーンを踏襲し、時間スケール(近い・次の・遠い)と類型(望ましい・蓋然的・もっともらしい・可能)を描く。

交点が現在である。ここで省察と投影と改革のループが回る。そして螺旋が、介入の累積効果を表す。単発の改善ではなく、軌道として変容が積み上がるという主張だ。

変容は「現状」から「未来」への線形の前進ではなく、時間軸とシステム階層をまたいで交渉される、再帰的・投影的・反復的なプロセスとして捉えられる。

4つの事例

方法はアブダクション(仮説とデータの往復)である。まず系統的文献レビューで仮説を生成し、専門家インタビューと事例分析で精緻化する。著者らは2つの複数年にわたる研究(2021–2025)で62のサービスデザイン実践を特定し、そのうち4つを事例として選んだ。インタビューは2023年3月から2024年12月に実施されている。

  • トンガ/Relative Creative——持続可能性計画の策定支援。過去の計画がなぜ失敗したかを探り、地域コミュニティの核となる価値観と文化的実践に沿って戦略を整合させた。
  • 京都/Kyoto Design Lab——若者の希望喪失という問題に対し、歴史的視点と因果ループ図を組み合わせ、2050年の将来ライフスタイルのビジョンから現在の規範を問い直した。
  • ノルウェー/Futures of Mental Health Services——メンタルヘルスサービスを形づくる制度的アレンジメントを可視化。2053年を設定した4つの没入型シナリオを用いた。
  • IFRC ソルフェリーノ・アカデミー——食料安全保障と生計のプログラムで、単一の解ではなく「ポートフォリオ型」の介入を採用した。

実務にとっての意味

バックキャスティングとの違いを押さえると理解しやすい。バックキャスティングは「望ましい未来」を先に置き、そこから現在を逆算する。過去は、たいてい制約か障害として処理される。

ダブルコーンは違う。過去は素材であり、資源でもある。地域に残る慣行、かつて失敗した計画の記憶、人々が守ってきた関係性。これらは変容を阻むものでも、無視していいものでもなく、設計に使える材料だ。著者らの言葉を借りれば、エコシステムのために設計するのではなく、エコシステムとともに設計する。

実務の手順に落とすなら、こうなる。第一に、過去の失敗がどんな制度として残っているかを可視化する。第二に、未来を単数ではなく複数描き、それぞれを「蓋然的」「もっともらしい」「可能」に分類する。第三に、現在の介入を、単発のプロジェクトではなく時間をまたぐポートフォリオとして設計する。

限界

著者自身が認めるとおり、これは解釈的モデルであり、普遍的なプロセスを規定しない。効果測定もない。事例は欧州と大洋州に偏っている。図が美しいことと、方法として再現可能であることは別問題だ。この点は後段でもう一度触れる。

04論文③ 準備が、調査の質と倫理を決める

Integrating service design methods into design ethnography: Preparing for field research in hospital Emergency departments
Alison Prendiville(サービスデザイン教授/UAL ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション), Wenbo Ai
The Design Journal, pp.1–22 | 公開 2026年10月28日 | クリエイティブ・コモンズ BY-NC-ND 4.0(オープンアクセス)

3本のなかで最も「明日から使える」論文である。対象は、英国の3つのNHSトラスト病院の救急部門における、敗血症疑い患者の血液培養プロセスの改善。その共創研究のディスカバリー段階で、サービスデザインの手法を民族誌的な準備に組み込んだ実践報告だ。

問題意識は、現場の誰もが感じていることだ。救急部門のような高負荷・複雑な環境では、長期の参与観察は不可能である。だから短期民族誌、あるいは「quick and dirty」な民族誌にならざるを得ない。しかし、サービスデザインが民族誌に何をもたらすかという逆方向の影響は、ほとんど論じられてこなかった。

3段階の準備

著者らが示す準備は、地味だが再現性が高い。

第一段階:ガバナンス文書のレビュー。倫理審査の承認を待つあいだに、3病院の敗血症ガイドライン、血液培養プロトコル、抗菌薬適正使用方針を集め、全国標準の指針も合わせて読む。集めた文書はオンラインホワイトボード上で「採取前・採取中・採取後」の3段階に整理した。これはジャーニーマップの発想そのものである。

ここに小さくて重要な工夫がある。看護師の訓練用チェックリストを、そのまま評価票として使わなかったことだ。評価を連想させる様式は、観察される側に「監査されている」という感覚を与える。著者らは様式を研究者個人の観察用チェックリストに再設計し、自然な環境を保とうとした。

第二段階:初回訪問での経路マッピング。研究看護師の案内で院内を巡り、平面図を入手して患者フローを重ねる。その結果、血液培養経路は5段階として整理された。受付とトリアージ、検査オーダー、採取の準備と実施、検体の梱包と搬送、抗菌薬の投与と患者管理。空間と時間の両方が、経路の形を決めていることが見えてくる。

第三段階:観察ノートの視覚テンプレート設計。エンゲストロームの活動理論(主体・対象・道具・規則・共同体・分業)を枠組みに、病院ごとに12ページの観察ノートを作り、印刷して製本した。各ページには、その場所・段階に対応した予測質問が置かれ、残りは予期しない発見を書き込む余白になる。

倫理は手続きではなく設計

この論文の隠れた主役は倫理である。IRAS(英国の統合研究アプリケーションシステム)経由で HRA 承認と研究倫理委員会の承認を取得し、各救急部門にアクセスするための Research Passport を取得する。研究看護師がゲートキーパーとして院内を導く。

そして、研究者の写真と研究内容を載せたポスターを掲示する。「観察のみを行い、業務を変えない」「守秘を厳守する」「スタッフも患者もいつでも拒否できる」と明記した。

注目すべきは、著者らが失敗も開示している点だ。観察後の振り返りで、撮影が許される条件をポスターに明示すべきだったと気づく。実際に2名のスタッフが、撮影の依頼に対して戸惑いを示したという。こうした記述は、方法論の論文では省かれがちだが、実務家にとっては最も価値がある部分である。

観察から出た具体的な発見

結果も具体的だ。日中と夜間の2ラウンド、各病院で1日あたり7〜8時間、合計12件の血液培養採取を観察した。

経路は3病院で微妙に違う。病院1では看護師1名が評価し、スペースの制約から救急車内で採取されることも多い。病院2では Advanced Care Practitioner が救急車内で事前評価し、各ユニットに看護師2名が配置される。病院3では繁忙時に追加スタッフが支援に入る。

そして、構造的なボトルネックが浮かぶ。夜勤帯には、血液培養の要否や点滴処方を判断できる医師・意思決定者が不在である。これは個人のスキルの問題ではなく、シフトと権限の設計の問題だ。サービスデザインの言葉でいえば、フロントステージの体験は、バックステージの意思決定構造によって規定されている。

限界と、著者自身の警告

著者らは自らの道具を手放しで褒めない。テンプレートは時に処方的で固定的になりすぎる。スタッフや患者の流れ、非公式な出会い、そして血液培養の判断をめぐる権力関係を捉えきれない。Epic のような電子記録の使われ方は、どの段階にも属さず全段階にまたがる。

だから「チェックリストとして柔軟に使い、時には脇に置いて、感覚を働かせて環境を吸収せよ」と書く。方法への信頼と、方法への怀疑が同居している。この均衡は、実務家がそのまま真似できる態度だ。

05横断して見える、3つの転回

3本を並べると、サービスデザインの中で起きている転回がはっきりする。

転回以前現在担う論文
対象の転回タッチポイント、顧客体験制度、規範、エコシステムWatanabe
時間の転回現在から未来への線形過去の堆積と複数の未来の交差Lin et al.
方法の転回現場で記録する現場に入る前に設計するPrendiville & Ai

3つは独立ではない。対象が制度に広がれば、制度はいまここに成立している以上、過去を含まざるを得ない。時間軸を扱おうとすれば、それを観察・記述する方法が要る。方法を吟味すれば、調査が誰にどんな影響を与えるかという倫理に戻る。循環している。

この循環を貫く態度は、ひとつにまとめられる。設計者は解決者から、条件を整える者へ。答えを配るのではなく、アクターが制度を省察し、規範を作り替え、時間をかけて軌道を変えられるようにする。3本はいずれも、その役割の再定義を、それぞれの入口から書いている。

06「実務寄り」という形容について、一度立ち止まる

最初に立てた一文には「実務寄り論点が中心」と書いた。ここは修正が必要だ。

3本は、実務事例の報告ではない。概念論文が1本、概念+事例が1本、方法論が1本である。実務との距離が近いのは問いの立て方であって、答えの提示ではない。どれも「こうすればうまくいく」とは言っていない。

この区別は重要だ。論文が実務寄りに見えるとき、たいてい二つのことが起きている。ひとつは、著者が現場の言葉を知っていること。もうひとつは、読者が図の美しさに引っ張られていること。後者は危険である。整理された図は、検証済みの方法と見分けがつきにくい。

実務家として読むなら、次のように構えるのが妥当だろう。概念は借りる。手順は疑う。自社の文脈で試す。そして結果を記録する。理論の価値は、正しさではなく解像度にある。

07批判的に読む——理論化の副作用

称賛だけでは読み解きにならないので、気になる点を挙げておく。

第一に、サンプルの偏り。1誌、1ヶ月、3本。これは傾向の証拠としては弱い。たまたま編集サイクルが重なっただけかもしれない。実際、3本は投稿から公開までに1年以上かかっているものもあり、掲載月は著者の都合で決まる。「今月3本」は「今、学界が動いている」ことの証明にはならない。本稿の主張も、その程度の強さで受け取ってほしい。

第二に、概念のインフレ。SED、TD、SSD、SET、REDSED、ダブルコーン螺旋。略語が増えるほど、実務家は参入しづらくなる。しかも新しい枠組みの多くは、既存の枠組みの再記述に近い。ダブルコーンの貢献は、既存3理論の緊張を可視化したことにあり、新しい理論を発明したことではない。著者らもそこは正直に書いている。

第三に、実証の非対称。概念論文が先行し、効果測定が追いついていない。REDSED は原則を提示するが、その原則に従ったプロジェクトが良い結果を出したかは不明だ。ダブルコーンは4事例で妥当性を示すが、モデルを使わなかった場合との比較はない。方法論の論文は具体的だが、単一プロジェクトの事例である。

第四に、地理的な偏り。今月の3本はイタリア、英国、日本の3極から出ている。南半球やアジアの実践は「事例」として取り込まれるが、理論化の主体にはなりにくい。トンガの事例が、トンガの研究者によって理論化される日は来るのか。これはサービスデザインに限らず、デザイン研究全体の課題である。

08実務のための5つの問い

最後に、3本から持ち帰れる問いを5つに絞る。会議の冒頭でも、企画書の余白でも使える形にした。

  1. このサービスが前提にしている「制度」は何か。ルール、規範、慣行。誰がそれに守られ、誰がそれで排除されているか。
  2. 過去に何が失敗し、その失敗はどんな制度として残っているか。失敗は消えない。たいてい、慎重さや例外規定という形で残る。
  3. 未来は単数か、複数か。自社が「ありうる」と見なしている未来は、実際には一つではないか。
  4. 現場に入る前に、何を読んだか。そして、観察の道具は誰かを評価する道具になっていないか。
  5. 介入は単発か、ポートフォリオか。一つの打ち手で軌道は変わらない。時間をまたぐ組み合わせを設計しているか。

この5問に共通するのは、どれも「答えを出す」ことを求めていない点だ。求めるのは、見えていなかった変数を、議論のテーブルに載せることである。

09おわりに

3本を貫いていたのは、ひとつの認識だった。デザインの対象は、モノから関係へ、関係から時間へと移りつつある。画面の改善は、制度の再生産に影響し、制度の再生産は、次の十年の選択肢を狭めるか広げるかする。この連鎖を扱うには、直感と経験だけでは足りない。

理論は、現場の邪魔をするためにあるのではない。見えなかったものを、見えるようにするためにある。ただし、そのためには読む側の作法が要る。概念は借り、手順は疑い、自社の文脈で試し、結果を記録する。今月の3本は、その作法を試すのにちょうどいい素材だ。

そして、3本のうち2本はオープンアクセスである。読もうと思えば、今日読める。理論化の敷居は、案外低いところまで下りてきている。

参考文献
Kentaro Watanabe, “Responsible digital service ecosystem design: Concept and framework,” The Design Journal, 2026, pp.1–20. DOI: 10.1080/14606925.2026.2739638
Zijun Lin, Riccardo Torta, Beatrice Villari, “Bridging temporalities in service design: A double-cone spiralling model for integrating ancestrality and future possibilities,” The Design Journal, 2026, pp.1–24. DOI: 10.1080/14606925.2026.2739631(CC BY-NC-ND 4.0)
Alison Prendiville, Wenbo Ai, “Integrating service design methods into design ethnography: Preparing for field research in hospital Emergency departments,” The Design Journal, 2026, pp.1–22. DOI: 10.1080/14606925.2026.2739635(CC BY-NC-ND 4.0)

本稿は各論文の公開版(オンライン・ファースト)に基づく。公開日は Crossref 登録日、所属・役職は公開ページおよび著者プロフィールによる。引用・解釈の誤りは筆者に帰する。

Follow us!

トップへ戻る
タイトルとURLをコピーしました